心理学を学んでも人の心を読めない理由「言葉では伝えられない世界は存在する」

心理学を学んでも人の心を読めない理由「言葉では伝えられない世界は存在する」

 

心理学を学ぶと、
人間関係で起きたトラブル、事故に対して、

「今何が起きているか?」

を冷静に知るということが出来ます。

 

 

「なぜこんなことになったのか、わからない」

などと、先の見えないトンネルを歩かされるよりも、

 

自分が今どこに居るのか、何が起きているのか?

あらかじめ知っておけたら、
いちいち慌てたり、取り乱すということが無くなる
というメリットがあります。

 

 

しかし、
心理学を学べたら、相手の心を丸裸にしたり、
コントロールできる訳ではありません

 

 

心理学を知っていたとしても、
相手は「こう考えているかな?」
という予測のもとに、やり取りをしています。

 

ただ、
これだけ人間の研究がされておきながら、
なぜありのままに「人の心を読むことができないのか?」

 

深掘りしてお伝えしていきます。

 

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感情とは何か?なぜ人の心は読めないのか?

 

心理学とは論理の分野で成り立っています。

 

「論理的には、こうなる」

が、いざ人を目の前にすると、

現実に、そうならない

のは、

 

人は論理の生き物では無く、
感情の生き物だからです。

 

 

 

 

感情とは、上の図のようにデコボコしていて、
色もグラデーションがかかっている。

 

しかも、これが時間と共にコロコロ変わっていく
不果実的なものです。

 

 

 

心理学とは、一部を切り取って

「この部分は、この形をしていて、こんな色をしている!」

と言っているようなものです。

 

 

人の感情(心)というものは、
一部だけを切り取って判断しても、
本当にその人を理解したことには、ならないのです。

 

 

理論と言葉の限界

 

 

心理学は、言葉や文章で出来ています。

 

 

同じく上の図を例えにあげますが、

この複雑な色でグラデーションがかった
デコボコの球体を、言葉だけで相手に説明しなさい

と言われて、
どれだけ相手に伝えられるでしょうか?

 

 

相手に紙と色鉛筆を持たせて、
書かせたら、絶対に同じ図を書くことが不可能
だと思います。

 

 

これが心理学や言葉のみで、
人の心を丸裸にすることが出来ない理由です。

 

人の心は、人の数だけ、違い形、色味をしています。

 

・相手を理解する
・相手に伝える

ということをする時、
理論と、言葉には限界があるのです。

 

理論と言葉のみで、
この世の事象を捉えようとすることは幻想に近いのです。

 

 

言葉は不十分な道具でしか無い

 

自分が思っていることを100とした時、
相手に言葉で伝えようとしたら、
どんなに口達者の人でも、
しか伝わらないと言われています。

 

 

例えば、
「愛」という意味や本質は、
言葉で伝えられるものではありませんよね。

 

「愛」は体験したり多くの文脈(コンテキスト)を通して

だいたい「こんな感じかな?」

というレベルのものです。

 

 

 

もし、

言葉のみで充分だ!理論だけで伝えられる!

と言う人ほど、

 

どこの素性の者かわからない初対面で会った人から、
言葉のみで「愛」を伝えられて、

「理解しました」

などと本気で言ってしまうくらい、
正気の沙汰ではありません。

 

 

余談「芸術や文学」は感覚的に伝える道具である

 

この部分は余談になりますが、
人に伝えたいことを、
理論では無く感覚に訴えかけたもの

芸術、文学、アート、詩、音楽、神話、スピリチュアル

です。

 

 

宗教や神話を読んでみると、
内容のほとんどが「例え話」と「比喩表現」でしか
ありません。

 

芸術や文学を極めている人ほど、
自分の作品に対して、説明したり、
意図を語ろうとしません。

 

 

論理的に

「こうしなさい。これはこうだ!」

などと伝えても、伝わらないことを
知っているからです。

 

 

 

論理的な人ほど、

「意味がわからない」
「古典や文学が、何の役に立つのか、さっぱりわからない」

と捉えるのは、当然です。

 

数学、哲学、心理学、物理、科学のような
論理だけでは捉えられなかった物事を
感覚の世界で伝えようとしているのです。

 

 

 

作品や物語に触れてみて、
「面白いね」だけで終わらず、

 

人それぞれが、

「こうゆうことかな?」

などと、解釈したり考えたりして、
学ぶことも出来るのです。

 

 

相手の気持ちを理解することは、人の心を読むことにつながる

 

前提として、
人の気持ちを完璧に理解することは、
できません

 

 

それでも「相手の気持ちがわかる」が
非常に優れている人も存在します。

 

それは、
相手と同じような経験をしたか、どうか
です。

 

 

 

 

「相手の気持ちがわからない」

という人ほど、
相手と似た境遇、悩み、経験をしていない
ということですから当然です。

 

 

 

例えば、
今までの人生の中で、一度も雪を見たことの無い
アフリカの人々に対して、

 

 

「真冬の雪の中で凍える辛さ」
という経験を言葉を話しても、
伝わることはありません。

 

 

相手は、言葉を聞いて気を使い、
ウンウン、頷いてくれるかもしれませんが、
実際に「真冬の雪の中で凍える」という体験を
してみなければ、
相手の苦しみ、辛さ、というものを理解することは
できません。

 

 

「相手の気持ちがわかる」ということは、
テクニックではありません。

実際に体験して、同じ感情を経験したことがあるか?どうか。

ということです。

 

相手と同じ体験をし、気持ちがわかるのであれば、
「相手の心を読む」ということに非常に近くなるのです。

 

 

 

修羅場のような場数を体験し、
悩んだり、葛藤した経験が多い人ほど、
人の気持ちをわかる率」が多いということです。

 

勝手に「人の気持ちをわかる率」という造語を
作ってみましたが、
それを、世間は「器の大きい人」と呼びます。

 

 

 

逆説で皮肉なことを言いますが、

「器用な人」ほど「不器用な人の気持ちはわからない」

 

「器用な人」ほど「人に教えるのに向いていない」

 

「器用な人」ほど「人を育てたり、
後世に何かを残すということが出来にくい」

「器用な人」ゆえの弱点
ということでもあります。

 

今回もここまでお読みくださり
ありがとうございました。

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